特定非営利活動法人 国際変動研究所メールマガジンにJohn Boydの記事が掲載

上記表題のメールマガジン『NEWSを疑え!』第645号(2018年1月5日号)にJohn Boydの記事が掲載されました。

筆者はこのメールマガジンの創刊時からの読者です。主催の軍事アナリスト、小川和久氏はマスコミでも著名な方で、方々でご活躍ですが、このメールマガジンに関しては読者に対しても個別に対応してくれる、非常に気さくな方です。

そんな方にJohn Boydの記事を描いていただくよう依頼したところ、昨日、掲載して頂きました。(記事を書かれたのは静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之様です。)メールマガジンの引用元と購入先リンク記載の上で、配布翌日より引用許可が出ていますので、引用させて頂きます。John Boyd氏の評価の一旦が端的に記載されています。

ここに、対応いただきました、国際変動研究所殿に対して改めて御礼申し上げます。

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◎ミリタリー・アイ(Military Eye)

・米国最大の戦略家ジョン・ボイドとは

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

 1970年代以後の米軍の戦闘機開発、戦術、戦略に多大な影響を与えた、ジョン・ボイド空軍大佐(1927年生、97年没)の事績を紹介してほしいという提案を読者からいただいたので、今回はそれにお応えしたい。

ボイドはF-15、F-16、F/A-18戦闘機の開発、海兵隊の作戦思想である機略戦(迅速な機動と意思決定によって、敵の弱点を突破し、不意を衝かれた敵が対応できない状況を作り出して、戦闘を続ける意思を喪失させる)、陸軍と戦術空軍の作戦構想エアランドバトルとそれを応用した湾岸戦争の迅速な地上戦に貢献した。ボイドの軍事理論は、数学基礎論と物理法則からなる哲学的基礎の上に、進化論を応用して紛争の本質を捉えており、応用範囲も広い。海洋地政学の祖と仰がれるマハン海軍少将をしのぐ、米国最大の戦略家といっても過言ではない。

ペンシルベニア州エリーに生まれたボイドは、陸軍航空軍の日本占領部隊で兵役を務め、アイオワ大学を卒業後、51年に空軍少尉に任官、朝鮮戦争末期にF-86戦闘機パイロットとして従軍した。


朝鮮戦争中のジョン・ボイド(米軍撮影)

ボイドは敵機を撃墜しなかったが、空軍戦闘機兵器学校への入校を認められ、首席で卒業、教官として残った。空対空戦闘訓練において、不利な位置から空中戦闘機動を行い、40秒以内に勝つという賭けに勝ち続けたので、「40秒ボイド」というあだ名を得た。この間、空戦マニュアル『航空攻撃研究』を作成した。

ボイドと数学者トーマス・クリスティは1960年代前半、『航空攻撃研究』をもとに「エネルギー機動性理論(E-M理論)」を打ち立てた。E-M理論におけるエネルギーとは、運動に変換することができる機体のエネルギー(位置エネルギーと運動エネルギーの和)であり、機動能力で優位に立てる戦闘機は、エネルギー損失を短時間で回復できる高推力エンジンと、エネルギー損失を最低限に抑えられる軽量な機体を備えたものである。

1960年代後半、F-15の開発は重量増大のため行き詰まっていたので、空軍はボイドを開発に参加させた。おかげでF-15は完成にこぎつけたが、ボイドが望んだほど軽量化されなかった。

そこでボイドは格闘戦に特化した「軽量戦闘機計画(LWF)」を推進し、ジェネラル・ダイナミクスにYF-16、ノースロップにYF-17を試作させた。シュレシンジャー国防長官はLWFを多用途の「空戦戦闘機計画(ACF)」に改変し、空軍は1975年にF-16を採用した。海軍と海兵隊は、YF-17を再設計したF/A-18を採用した。

ボイドは1975年に空軍を退役後、プログラム分析評価担当国防次官補の顧問として勤務し、戦略家として名声を博した。

ボイド戦略論のもっとも重要な概念は、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、決心(Decide)、行動(Act)からなる意思決定サイクル「OODAループ」である。適切な意思決定を敵よりも迅速に行うことが、勝利をもたらす。情勢判断は、観察・決心・行動を方向付けるので、ボイドはとくに重視している。


OODAループ(ボイドのプレゼン資料『勝敗の本質』より)

軍事・非軍事、政府・民間を問わず、どんな大組織も戦術、大戦術(作戦術)、戦略の三階層のOODAループを運用して意思決定を行っているという。また、もっとも効率的な組織は、指揮系統を分権化して、上級指揮官の意図を実現する方法を下級指揮官に決心させることによって、各級指揮官の知的能力と創造力を活用しているという。

ボイドは理論書を著さなかったが、敵のOODAループを乱す戦術に関する『紛争のパターン』というプレゼンテーションを1976年から行い、引っ張りだことなった。『紛争のパターン』は、米軍に多大な影響を与えただけでなく、国家が「有機的統一体として、絶えず変化する環境に対し、形作り適応する能力を高める」という目的まで論じたので、ロバート・コラムによる伝記『ボイド──兵法を一変させた戦闘機パイロット』(2002年刊、未邦訳)は、『孫子』と並び称している。

(参考文献)
John R. Boyd, Patterns of Conflict. 1986年12月.(紛争のパターン)
http://www.ausairpower.net/JRB/poc.pdf
────, Patterns of Conflict. 2007年1月. ボイドが1991年までチェット・リチャーズとチャック・スピニーに修正を指示し, ジンジャー・リチャーズがレイアウトしたプレゼン資料.
http://www.dnipogo.org/boyd/patterns_ppt.pdf
────, The Essence of Winning and Losing. 1996年1月.(勝敗の本質)
https://fasttransients.files.wordpress.com/2010/03/essence_of_winning_losing.pdf
Robert Coram, Boyd: The Fighter Pilot Who Changed the Art of War. New York: Little, Brown, 2002年.(ボイド——兵法を一変させた戦闘機パイロット)

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ニュースを疑え!購入先

http://sriic.org/mail-magazine/kiyaku

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